2003年度の野外研修会は「ナカガワノギクが咲く渓流とシオギクの咲く海岸の散策」と題して2003年11月8日〜9日に徳島県で開催されました。私はその世話役をしましたので、その実施報告をいたします。
研修会を依頼されてからまず悩んだのは、昨年の宮崎が「新方式の野外研修会」と評されたように、たいへん立派だったことです。私の秋の予定はすでに詰まっていて、研修会やその準備に割ける時間はごくわずかで、宮崎方式の採用は断念しなければなりませんでした。小じんまりとはしていますが、徳島のフロラの良さの一端を見ていただき、また来ていただけるような会にしたいと考えました。本州四国連絡橋の神戸・鳴門ルートができてから、特に関西から徳島への交通は便利になりました。関西へ行く高速バスは15分に1本と頻繁に出ており、私が博物館から自宅へ帰るバス(1〜2時間に1本)とは比べものにならない多さです。徳島の植物についてはまだまだ知られていないことも多く、この機会に興味を持って再度訪れていただければ、新たな分類学的な知見の蓄積につながることを期待しながら研修会を企画しました。
研修会の内容については、徳島県には西日本で二番目に高い山である剣山から県南部の黒潮に面した暖かい気候までといった変化に富んだすばらしい自然があります。また、野生では絶滅したナルトオウギやコブシモドキ、他県ではなかなか見ることのできないワタヨモギやソハヤキミズなどの珍しい植物もたくさんあります。とても1日では周りきれませんので、ナカガワノギクとシオギクという2つのキク属に絞ることにしました。
徳島県立博物館では、故阿部近一氏が出版された「徳島県植物誌」の証拠標本である阿部コレクションの寄贈を受け、整理しています。その標本を見ていると、阿部氏が県内外の研究者とコンタクトを取りながら、また県内外に採集に行かれてたくさんの標本を集めた姿がひしひしと伝わって来ます。そして、植物誌をまとめられた以後もたくさんの課題を阿部氏が抱えていたことを知ることができます。今では阿部氏の話をうかがうことはできませんが、阿部コレクションなどの標本を見ながら、徳島県の植物研究家が集まって「みどりくらぶ」という徳島県のフロラに関する勉強会を月に1度博物館で開催し、阿部氏のやり残した課題を検討しています。今回の研修会では「みどりくらぶ」の会員の皆様に現地案内を手伝っていただきました。また、「みどりくらぶ」の会員であり、徳島県植物研究会の会長でもある木下覺氏に徳島県のフロラについての概説をしていただきました。
2003年11月8日(土)には徳島県立博物館で、室内研修を午後3時より行いました。まず、木下覺氏が「徳島県の植物相」という内容で講演しました。徳島県の気象の概説をした後に、剣山や蛇紋岩地などの地域ごとの景観の写真や、タヌキノショクダイやコブシモドキなどの徳島県を代表する植物の写真など180枚にもおよぶスライドで紹介していただきました。続いて小川が野外観察で見られる植物を紹介しました。
室内研修の後は、徳島駅近くの居酒屋で懇親会を開催しました。室内研修で紹介された植物について話が弾む中、阿部近一氏が大分県で開催された野外研修会に参加されたという話を伺うことができました。私が数年前に徳島県にはバアソブがあるのか調べた時に、大分県産のバアソブの標本を阿部氏が採られており、それと比較することにより、博物館に収蔵している標本のうち徳島県産のものでバアソブと同定されているものは、ツルニンジンの誤認であることが明らかになりました。その際、なぜ阿部氏は大分に行かれたのか不思議だったのですが、この野外研修会で採集されたものであることがわかりその疑問が氷解しました。そして、知らず知らずのうちに研修会の恩恵を被っていたことを知り、研修会の意義を再認識しました。
翌11月9日(日)は野外研修のため、徳島駅前に午前8時に集合しました。参加者の車に分乗し、目的地へと車を走らせました。参加者は31名で次のとおりです。中村建爾(千葉県)、中村僉雄、長谷川義人(神奈川県)、内藤宇佐彦(静岡県)、長谷部光泰、吉田國二(愛知県)、須賀瑛文(岐阜県)、渡部壽子(滋賀県)、権藤啓子(京都府)、山脇和也(三重県)、岡崎純子一家、織田二郎、田中光彦、藤井伸二夫妻(大阪府)、山本修平(和歌山県)、中村元、橋本光政(兵庫県)、田中昭彦(鳥取県)、脇本進(広島県)、茨木靖、小川誠、木下覺、谷覚、田渕武樹、中村喜代治、真鍋邦男(徳島県)、栢岡珠美、田邉牧(高知県)。
観察地1:那賀川町中島
中島は県内で第2の河川である那賀川の河口部に位置します。この河川敷には塩沼湿地が発達しており、ウラギクやハマサジなどの絶滅危惧種が生育していました。また、ハマゼリ、ホソバノハマアカザ、イソヤマテンツキ、ヒメヨモギなども見られました。
観察地2:鷲敷町氷柱観音
氷柱観音はナカガワノギクとシマカンギクの雑種であるワジキギクのタイプロカリティです。ナカガワノギクは那賀川とその支流、日和佐川に生える徳島県固有のキク属です。リュウノウギク(2n=18)に似ていますが、葉が渓流沿い植物の特徴である流線型をしており、染色体数も2n=36と異なっています。氷柱観音周辺では河川の岩場にナカガワノギク、その上側に雑種、さらに上部にシマカンギクが生育していおり、その様子を観察しました。
観察地3:相生町虻ヶ渕
那賀川は県内随一の多雨地域を流れており、虻ヶ渕周辺の岩場ではキシツツジ、アオヤギバナ、ヤシャゼンマイなどのさまざまな渓流沿い植物がみられました。また、カワラハンノキ、タチゲキハギ、リンドウ、イブキシダ、アキノタムラソウ、ウメバチソウなども生育していました。なかでもトサシモツケは徳島県の那賀川、勝浦川の周辺と高知県の四万十川に分布が限られ、また四国の東部と西部に隔離分布しています。また、渓流沿いは、まさに種分化の舞台であり、分類学的な再検討が
必要な植物もいくつかあります。岩場ではイワバノギクと呼ばれているシオン属の植物が白い花を咲かせていましたが、正式な記載はされておらず、学名は裸名のままです。また、ナガバシャジンだと言われているツリガネニンジン属の植物は渓流沿いに特異的に出てきますので再検討が必要です。時間が押していましたので、そうした植物を見ながらあわただし
く昼食を取り、後ろ髪を引かれる思いで現地を後にしました。
観察地4:日和佐町外ノ牟井ノ浜
太平洋に面した日和佐町の外ノ牟井ノ浜の海岸では、シオギクが咲いていました。シオギクは徳島県と高知県の海岸にしかみられないもので、舌状花弁が無い少し変わったキク属です。参加者の一人が神奈川県産のイソギクを持ってきてくれましたので、雨の中熱心に比較していました。また、アコウやタイキンギク、アゼトウナ、ツワブキ、ハマアザミ、ハマナタナメ、キキョウラン、トベラ、ウバメガシなども生育していました。
前日の天気予報では降水確率が50%に達しており、雨を覚悟していましたが、最後の観察地では降られたものの他では天気が持ってくれましたので、無事に研修会を終えることができました。きっと参加者の用意してくださったおまじないが効いたのでしょう。時間がないので文字道理長距離を走り走りで回ったために十分に植物を観察できなかったと感じられたかもしれません。そうお感じになられたら、高速バスに飛び乗って再び徳島に来てください。時間の許す限りご案内さしあげます。
最後に、準備不足や不慣れな点があり、十分なお世話ができなかったことをお詫びいたします。また、木下覺氏をはじめとする「みどりくらぶ」会員の皆様にはご協力をいただき感謝いたします。