第16回国際植物学会議に提出される命名規約の変更に関する提案について

永益英敏(京都大学総合博物館)

 第16回国際植物学会議がアメリカ合衆国ミズーリ州セントルイスで8月1日から7日にわたって開催される。日本植物分類学会の会員の皆さんの中にも、この会議へ出席を予定している方が多いと思う。6年に一度開催されるこの会議には付随して植物の学名に関する命名法部会がある。植物の学名を扱うに当たって常に参照しなければならない法律ともいうべき命名規約は、この命名法部会で提案された決議案を本会議で採択することによって改正される。本会議に先立ち、一週間にわたって提案されるべき決議案が審議されるのである。
 命名法部会への提案はおおむね国際植物分類学連合(IAPT)の機関誌であるTaxon誌上に発表される。これらの提案は取りまとめられて今年の2月号に整理されている(Greuter & Hawksworth 1999)。今回の提案総数は215である。前回は300件を超えていたので比較的少ないというべきか。セントルイスで7月26日から30日にかけて開かれる命名法部会での審議に先立ち、国際植物分類学会連合の会員は郵便投票によって意見を表明することができる。この締切は5月31日(必着)で、この結果、75%以上の反対があったものは通常命名法部会では審議されないことになっている。
 一方、命名法部会へは国際植物学会議の正式な参加者ならだれでも出席し審議に参加することができる。個人には平等に1票が与えられるので、国際植物分類学連合の会員でない方でも興味があれば出席してみるのもよいだろう。
 横浜での会議にも重要な変更が提案されていたが、今回の提案の中にも重要なものが多い。以下に簡単に紹介しておきたい。生物の命名規約を一つにまとめあげることを視野に入れた提案と、急速に発展するコンピュータとインターネットに関わるものが多いことは注目される。膨大な情報を扱う分類学にとって、これらの発達が大きな影響を与えるのはごく自然なことであるといえる。
新学名の登録
 東京規約(Greuter et al. 1994b, 大橋 1997)では学名の正式発表の要件として、「2000年1月1日以後に発表される学名は登録されなければならない(第32.1条)」ことが導入された。ただしこれは今年開催される第16回国際植物学会議で承認されることが条件となっている。この経緯については横浜での命名法部会の報告(永益 1993, Greuter et al. 1994a)を参照していただきたい。一つには登録を行うに当たっての具体的な提案がなされていなかったこと。そして登録に付随するさまざまな問題点が十分に検討されていないことが指摘され、先送りとなったのである。
 この問題に関する具体的な方法の提案はBorgen et al. (1997)によってなされ、筆者が本誌誌上に紹介した(永益 1998)。これに従った試験的登録はすでに1997年12月から始まっている。郵送の遅延による不公平を減らすため世界中に登録局を置き、定期刊行物である植物学専門誌は雑誌の発行者が責任をもって登録する、という制度である。1998年10月現在、登録局の数は35、協力する専門誌の数は180という(Borgen et al. 1998)。登録された学名、登録局、専門誌はインターネット上で検索することができる(http://www.bgbm.fu-berlin.de/IAPT)。新学名の登録に関して興味のある方はぜひこの論文(Borgen et al. 1998)を読んでいただきたいと思う。登録に必要なコストなど細かく書いてあって大変興味深い。
 条文の提案もまた、この論文中に提出されている。問題となった点のいくつかがどのような風に提案されているかというと、
 1)正式発表はいつ? 新学名が発表された刊行物が登録局に受理された日。つまり正式発 表の要件がすべて満たされたとき。(第32条提案D)
 2)登録するのは誰? 著者の責任。しかし第3者(発行者またはその他の者)によってなさ れてもよい。学名の著者は登録者によって影響されない。(第32条提案G)
 学名の登録が義務づけられることによって、新学名の検索は完璧になり、利用者には実にありがたいシステムだが、このような官僚主義的な仕組みを学問の世界に導入することに対する不安と反対もまた確かにある。反対派のまとまった意見は同じTaxon誌上に掲載されている(Turland & Davidse 1998)。今回の命名法部会が開催されるミズーリ植物園の研究部門のスタッフ33人の名を連ね、彼らの支持を受けていることを明記したこの論文もまた一読の価値あり。登録についての問題点がよくわかる。登録導入を急ぐGreuter氏らに対する批判がインターネット上で展開されるなど、登録に関するこの提案がすんなり通るとも思えない。今回の命名法部会でのやりとりが注目されるところである。
 ところで、もしこの件が採択されれば、日本国内における登録局の整備を急がなければならなくなる。植物命名規約がカバーする生物群は陸上植物のみならず、藻類、菌類、地衣類をふくんでいるため広い分野での議論が必要となるであろう。
Names in Current Use
 前回の国際植物学会議で積み残しとなったものの一つである。学名の安定性を重要視するため、推進することは過半数の賛成を得て決議されたものの、規約の条文として「現在用いられている学名のリスト(Lists of Names in Current Use)」に掲載された学名に対し、保護名として特別の地位を与えることはわずか5%の差で否決された。この微妙な結果についても前回の会議の報告を参照していただきたい(永益 1993, 1994, Greuter et al. 1994a)。
 長く使われていない、あるいは見過ごされてきた学名の掘り出しによって、現在使われている学名ががらりと変わってしまうことがある。研究の先取権という視点からはもっともなことだが、学名を使用している側から見ると実に困ったことでもある。とくに他分野の研究者にはなかなか理解してもらえない。このような問題を制限するため、現在使われている学名をリストアップして、優先権を与えようというのがこの提案の主旨である。リストには「正式発表の文献、日付、著者、綴り、タイプ、(文法上の性)」などが記載される。前回の命名法部会に間に合うように準備されたリストはすでに出版されていて私も1セットもっているが、学名の基礎情報が掲載されているのでなかなか便利なものである。これに掲載されている膨大な数の学名に対し、「保護名」として保存名や認可名のような特別な地位を与えるかどうかが再度問われているわけである。属を対象としたリストNCU-3はインターネット上でも見ることができる(http://www.bgbm.fu-berlin.de/iapt/ncu/genera)。
 今回の提案(Greuter 1998)が前回と異なる点は保護名の対象を科、属、種の3つの主なランクに限定したところである。NCU Standing Committeeはこの6年間のテクノロジーの進歩とすでにリストが存在していることから同意が得られるものと安心しているようだが、反対する側としては先取権に関する基本的なところは変わっていないわけである。はたして今回は60%以上の賛成を得ることができるかどうか。
BioCodeに関るいくつかの変更
 将来的に動物、植物、バクテリアの命名規約を、BioCode (Greuter et al. 1998)として統合することを視野に入れて、今回の命名法部会にもいくつかの修正案が提案されている。1996年にブダペストで開催された動物の学名に関する会議で、ほとんどの修正案が否決されてしまったため、BioCodeに至る道はかなり遠くなったような気がする。そのせいか今回の提案もそれほど大きな修正を要求するものではない。
(用語の変更) ようやくなじみになった難しい専門用語をあまり変えてほしくはないが、やはり別の生物群では似たような概念が異なる名称で呼ばれるのは不便だという主張は理解できなくもない。提案されている変更(Hawksworth 1988)は次のようなものである。
  effectively published > published
  priority > precedence
  validly published, valid publication > established, establishment
  legitimate > acceptable
  illegitimate > unacceptable
  correct > accepted
  nomenclatural type > name-bearing type
  name and type > nominal taxon
  nomenclatural synonym > homotypic synonym
  taxonomic synonym > heterotypic synonym
  avowed substitute > replacement name
  explicitly rejected > suppressed
(分類群の語尾の制限) ウィルスの分類群との混乱を避けるために、-viridae、 -virales、
-virinae、 -virusなどの語尾を認めないとの修正案が提出されている。
(出版年の引用) 学名の著者引用に際し、動物と植物・バクテリアでは違いがある。動物・バクテリアでは出版年も引用するのが普通であるのに対し、植物の方はそれほど一般的ではない。今回は出版年の引用も規約中に盛ろうというもの(第46条提案A)。
(動物・バクテリア分類群との同名の制限) 2006年より、動物・バクテリアと同じ学名は非合法とする(第54条1項提案B)。
(属する生物界の解釈により学名が変更する可能性のある生物群の学名) 植物とするか、動物とするか、あるいはバクテリアとするかで、ある生物群の学名は適用される命名規約が異なるため、採用するべき正名が変わることがある。このような場合のため、規約に関らず、もっとも早く正式発表された学名を採用することが提案されている(第11条提案F)。
(規約間の調整を行う常設委員会の設置) 解説の必要はないであろう(第III部提案A)。
雑種の学名
 雑種の学名に関して重要な変更が「国際栽培植物命名規約」の編集委員長でもあるTrehane(1998)氏より提案されている。現行の規約(東京規約)では雑種の学名に関する規則は付則Iとして後ろにまとめられている。変更案の骨子は次のようなものである。
1) 雑種の学名に関する付則Iは廃し、規約本体に含める。
2) 雑種分類群の学名も科ランク以下の他の学名のようにタイプ命名法に従う。
3) 雑種分類群を意味するnotho-という接頭辞は廃する。
4) 雑種分類群を意味する×記号は残すが、その使用は任意である。
5) 雑種属の学名は短縮雑種式としない。
6) すでに存在する短縮雑種式による雑種属の学名はそれが正式発表の要件を満たす
ならば廃棄しない。
7) 属間の接ぎ木Graft-Chimaeraによる生物にも属名を与えてよい。+記号でそれを
示してよい。
 面倒な雑種の学名に関する規則は根本的に変更されることになるわけで、はたしてこれでうまくいくのかどうか私にはよくわからない。現行の規約のもとでは雑種の学名は、特定の雑種式(つまり特定の親種の組み合わせ)に対してただ一つの正名が存在する(H4.1)わけだが、Trehane氏の提案ではこの条項は削除されることになっている。
 基本的には栽培に関る雑種については栽培植物命名規約で取り扱うという方針で、それとの整合性を求めるということらしいのだが...。
化石の学名
 化石の学名に関してもまた大きな変更が提案されている(Chaloner et al. 1998)。この問題については門外漢なので、適当な提案であるか判断しかねるが、骨子は次のようなものである。
1) これまでform-genera、 form-taxaなどが用いられてきた分類群に対し、parataxaとい う用語を適用する。
2) 化石分類群はparataxaである。
3) parataxaはことなるカテゴリー間(たとえば材と花粉)では競合しない。つまり植物体の一部や、生活環の一時期だけを指すことを目的として命名される分類群はnormal taxaではない分類群であり、その特定のカテゴリーの中だけで先取権を争うことになることをはっきりさせようというわけである。
電子出版
 学名の電子媒体による出版を有効出版と見なすかどうかは、Special Committee for Electronic Publishingの提案としては「認めない」ことになったようである(第29条提案B)。しかし同時にGeneral Committeeが特定の電子ジャーナルを有効出版の媒体として認めることができる(第29条提案C)というのもある。
その他にもたくさんの提案がなされている。
 混乱している学名の正字法に関する第60条にははSpecial Committeeによるもの(Zijlstra 1998)も含めて、49件の提案が出されている。Special Committeeから提案された16件は、内部で60%以上の賛成が得られたものだけだが、それでもかなり意見が分かれているところにもこの問題の難しさが現れている。
 また、タイプの選定に関わる提案はSpecial Committee on Lectotypification (Barriem 1998)によってなされている。この中にはどれが一つの標本かという曖昧な標本の定義を試みたものがある。また2001年以降は"here designated"などで明示しないかぎり、lectotypificationあるいはneotypificationとして有効と認めないという提案もある。
 もちろん新分類群の正式発表の要件として、ラテン語のかわりに英語にしようという提案もまたしても提出されている(第36条提案A-C)。前回の横浜では大差で否決されたが、今回ははたしてどうなるか。
 ここで紹介した提案のいったいどれだけが、どのような形で採択されるかはわからない。命名法部会では激しい議論の応酬があるうえ、修正動議もどんどんと出されるので結果的に全く違った形に落ち着くこともある。分類学者はなかなか保守的なので、ここに紹介した主な修正案はどれも通らないかもしれない。
 規約の文面と修正の提案は英語がむずかしいので誤って読み取ったところもあるかもしれないが、少しでも皆さんの参考になれば幸いである。
Barriem, F. R. 1998. Proposals to amend the Code and report of the Special Committee on Lectotypification. Taxon 47: 881-889.
Borgen, L. et al. 1997. Announcing a test and trial phase for the registration of new plant names (1998-1999). Taxon 46: 811-814.
Borgen, L. et al. 1998. Proposals to implement mandatory registration of new names. Taxon 47: 899-904.
Chaloner, W. et al. 1998. Proposals regarding the nomenclature of fossile plants. Taxon 47: 907- 910.
Greuter, W. 1998. Two proposals on Art. 15, and report of the Standing Committee on Lists of Names in Current Use. Taxon 47: 895-898.
Greuter, W. & D. Hawksworth. 1999. Synopsis of proposals on Botanical Nomenculature - St Louis 1999. A review of the proposals concerning the International Code of Botanical Nomenclature submitted to the XVI International Botanical Congress. Taxon 48(1): 69-128.
Greuter, W., J. McNeill & F. R. Barrie. 1994a. Report on botanical nomenclature - Yokohama 1993. Englera 14: 1-265.
Greuter, W. et al. (eds.) 1994b. International Code of Botanical Nomenclature (Tokyo Code)、 Adopted by the Fiftheenth International Botanical Congress, Yokohama, August-September 1993. Renum Vegetabile 131. Koeltz Scientific Books, Koenigstein.
Greuter, W. et al. 1998. Draft BioCode. Taxon 47: 127-150.
Hawksworth, D. L. 1998. Twenty-three proposals to amend the Code in order to increase nomenclatural harmonisation in biology. Taxon 47: 949-952.
永益英敏. 1993. 横浜での命名規約会議. 日本植物分類学会ニュースレター 73: 11-13.
永益英敏. 1994. NCUは結局どうなったのか. 日本植物分類学会ニュースレター 74:18-19.
永益英敏. 1998. 新学名の試験的登録始まる!. 日本植物分類学会ニュースレター 90: 13-16.
大橋広好(訳). 1997. 国際植物命名規約(東京規約). 津村研究所.
Trehane, P. 1998. Thirteen proposals to amend the Code regarding its references to cultivated plants and hybrids. Taxon 47: 944-952.
Turland, N.J. & G. Davidse. 1998. Registration of plant names: undesirable, unnecessary, and unworkable. Taxon 47: 957-962.
Zijlstra, G. 1998. Report of the Special Committee on Orthography, with 16 proposals to amend the Code, mainly its Art. 60.

 

第16回国際植物学会議命名法部会(速報)


永益英敏(京都大学総合博物館)

 この夏、アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイス市で第16回国際植物学会議が開催された。この会議は最近では6年に一度開催されるが、同時に国際植物命名規約の見直しも行われる。規約の変更を検討する命名法部会での審議結果が本会議に提出され、そこで承認されることによって命名規約は改正されるのである。本会議は8月1日から7日までセントルイス市中心部にあるAmerica's Centerで行われたが、命名法部会は郊外にあるミズーリ植物園で7月26日から30日までの5日間にわたって開催された。期間中はきわめて暑く、外の気温は40度にも達したが、湿度が低いせいか西南日本の夏のような不快感は感じられなかった。それでもミズーリ州ではこの熱波によって死亡した人もあるということである。
 先の号(永益 1999)にも書いたように、今回は学名の登録など重要な案件が多数提案されていたこともあって注目を集め、約300名の出席があった。本会議の正式な参加者であれば命名法部会に出席でき平等に1票が与えられるが、その他世界のハーバリウムにはその規模に応じて最大7票までの機関票が与えられる。そのため票決となった場合にはかなりの票数になる。今回は700票を超えた。会場はぎっしりと椅子がならんでいたため、最初はカードを見せることによって票決が行われた。赤(5票)、黄(3票)、緑(2票)、白(1票)のカードが高く掲げられ面白い光景だったが、集計の曖昧さにクレームがついて途中から従来通り投票箱を用いる票決方法がとられた。条文の変更を伴う提案は60%以上の賛成を必要とするが、そうでないものは過半数の賛成をもって可決される。今回、カード投票となった案件では数%ほどの僅差で決したものも多かった。
 一方、国際植物分類学連合の会員は予備的投票として郵便によって意見を表明する特権(その他、改正案の提案者、命名法委員会の委員もその権利がある)が与えられている。今回からはFAXによる投票も認められた。この投票結果において75%以上の反対があった提案は命名法部会では審議されない。当日配布された資料によれば、事務局より発送された1161件の投票用紙のうち、229件(20%)が有効投票として回収されている。地域別では北アメリカ 102(45%)、ヨーロッパ 95(41%)、中・南アメリカ 12(5%)、オーストララシア 11(5%)、アジア 7(3%)、アフリカ 2(1%)である。ほとんど北アメリカとヨーロッパで占められることが分かる。また国別で見るとアメリカ合衆国 99、イギリス 32、ドイツ 18、オランダ 10、オーストラリア 10と続く。10票以上の投票があったのはすべてゲルマン語系の国であり、言語の壁はかなり厚いことも分かる。学名の登録やNCUなどに反対の多いアメリカ合衆国からの投票は前回(1993)の横浜にくらべ50%増(前回は総数202票のうち、ヨーロッパ 100 [50%]、北アメリカ 65 [32%]である)となっており今回の会議への関心の高さを反映しているようである。
 今回はラップトップコンピュータから直接スクリーンに審議中の条文案を表示するという新しい試みが行われた。修正案が出ると、すぐさま修正部分を赤字で示すことができ、なかなかよい方法であると思う。
 以下に前号で紹介した提案の順に今回の審議の結果を報告する。前号も参照しながら読んでいただきたい。委員会提案による重要案件のほとんどが否決されるという結果に終わり、命名規約の改革を急ぐ執行部に待ったをかけた会議となった。

新学名の登録
 今回の命名法部会でもっとも重要視されたのは、新学名の強制的登録に関する提案であろう。何度もTaxon誌上で議論された問題であり、当然のように激しい議論となった。感情的とも感じられる発言もあり、「民主主義」の解釈をめぐる対立にも至った。半年ほど前にもインターネット上でこの問題にも絡めて個人非難を受けるなどした報告担当委員長のGreuter氏(ドイツ)はゴタゴタにいいかげん嫌気がさしたものか、議論に終止符を打つべく次のような動議を提出した。新学名の正式発表の要件として学名の登録を示した東京規約の条文を削除し、同時に新学名の強制的登録導入に関する今回のすべての提案を否決する、というものである。現在の規約の条文の変更を伴う提案であるから、これが採択されるには60%以上の賛成を必要とする。見方によっては旗色の悪い学名の強制的登録の延命を図った動議ともとれる。カードによる投票となり結果は461:251(賛成64.8%)で、新学名の強制的登録は完全に否決されたことになる。会議場の議論では圧倒的に否定的な雰囲気であり、大差で否決されるように思われたが、開票の結果は僅差であった。これが登録に反対する側が多いと思われるアメリカでなかったら結果はどのようになったであろう。おそらく強制的登録の導入が先送りされる形で今回は見送られることになったのではなかろうか。
 しかし強制的登録制度は否決されたが、登録の必要性自体が否定されたわけではない。次のような勧告が提案され、こちらは圧倒的多数で可決された。これを命名規約に導入することで学名登録の精神は採択されたともいえる。
・勧告30A.新学名あるいは新組合せを提案しようとする著者は定常的に分類学上の論文を出版している定期刊行物に発表すること、もしくはそれらの著作を適当な登録センターに送付することが奨励される。
・勧告30B.著者及び編集者は分類学上の新件(taxonomic novelties)をその出版物の摘要もしくは索引にリストすることが奨励される。

 

Names in Current Use
 現在使われている学名を「保護名」として、その他の学名に対し優先的な地位を与えようとする提案である。前回の横浜会議では僅差で否決された(永益 1994)が、6年の歳月のうちにその魅力は色褪せてしまったようである。予備的郵便投票の結果74%もの反対があり、きわどい差で審議されることになる始末。最初の発言で、この郵便投票の結果が指摘され、「議論するまでもなく即採決するべし」との動議が提出され採択された。挙手による採決の結果この案件はあっけなく否決されてしまった。

BioCodeに関わるいくつかの変更
 BioCodeに関係した提案もそのほとんどが否決される結果となった。会場での議論を聞いている感じでは、あまりにもかけ離れてしまった現在の各規約の調和を図るには、まだまだ時間が足りないようである。もっともDraft BioCode (1997) (Greuter et al. 1998)をどれだけの人が読んで理解しているか、かなり疑わしいものだが。BioCodeへの道程が険しいとなると、近年急速にその理解が進んだ藻類や菌類は、どちらの規約に拠るべきかという問題を回避するため、遠からず独自の命名規約を必要とすることになるのかもしれない。会場では多数派である陸上植物の研究者に対して、菌類の研究者からこの問題に関する「理解のなさ」を非難する意見もきかれた。
(用語の変更) 有効出版、正式発表、先取権などの用語を他の命名規約と統一するために変更しようというもの。やはり積極的な必然性のないものは人気がないのか、ほとんどが否決された。まとめて全部否決されたのではないところが面白い。
・予備的郵便投票の結果否決されたもの
 legitimate > acceptable、 illegitimate > unacceptable
 nomenclatural type > name-bearing type
 name and type > nominal taxon
・審議の結果否決されたもの
 effectively published > published
 priority > precedence
 validly published > established、 valid publication > establishment
 correct > accepted
 explicitly rejected > suppressed
・採択されたもの
 nomenclatural synonym > homotypic synonym
 taxonomic synonym > heterotypic synonym
・共に使用が認められることになったもの
 avowed substitute > replacement name
 *規約中では括弧を用いて併置されることになる見込み
(分類群の語尾の制限) ウィルス分類群との混乱を避けるために、-viridae、 -virales、 -virinae、 -virusなどの語尾を認めないとする提案は可決された。
(出版年の引用) 動物やバクテリアの学名の著者・出版年引用と形式を合わせるため、植物の学名について著者の引用に加えて発表年の引用も規約中に盛り込もうとする
もの。これも否決された。
(動物・バクテリア分類群との同名の制限) 2006年1月1日以降出版された学名で、動物・バクテリアの学名の後続同名となるものは非合法とする、という提案は予備的郵便投票で77%の反対をもって否決された。
(属する生物界の解釈により学名が変更する可能性のある生物群の学名) 動物・植物・バクテリアのいずれの命名規約で扱うかによって学名が変る可能性のある生物について、採用するべき学名を規約に関わらずもっとも早く正式発表された学名にしようという提案も否決された。
(規約間の調整を行う常設委員会の設置) 他の命名規約との調整(harmonization)を行うための常設委員会を設置しようという提案は大幅に修正されて可決された。まず、常設委員会ではなく一時的な特別委員会(special committee)であること。また、単に他の命名規約との連絡(liaison with other codes)のための委員会であること。BioCodeに対するかなりの反発を感じさせる修正である。

雑種の学名
 「国際栽培植物命名規約(Trehane et al. 1995)」の編集委員長であるTrehane氏による、雑種分類群の学名に関する規約を大幅に変更する提案である(Trehane 1998)。郵便投票の結果でも命名法部会での議論でも評判が悪く、ほとんどの重要提案が取り下げられるという結果に終わった。自然界にある雑種分類群と人為的に創られた雑種をどのように区別するか(そもそも区別できるのか)、という栽培植物の定義にも関わる重要な問題を整理することなしにはこの問題を解決することは難しそうである。Trehane氏はさらに会議場で「植物命名規約は雑種分類群(nothotaxa)の命名法を取扱い、栽培植物命名規約は人為的な雑種の呼称を取扱う」ことを提案をしたが、これについては特別委員会を組織して検討することになった。

化石の学名
 定義の曖昧な形態属についてより明確な定義を与え、化石分類群の(いわゆる「真の分類群でない」という)特殊性を明瞭に規約に盛り込もうという提案がFensome & Skog (1997)によってなされ、それを受けて Chaloner et al. (1998)がparataxaという新語の導入を含むさらにいくつかの提案を行った。これらの提案は命名法部会での審議に先立って命名法委員会の化石植物委員会にまわされることになり、その審議結果に基づいた提案がSkog氏により会議場で行われた。その場でいくらか修正が加えられたが、基本的なところはそのまま可決された。その結果、形態属(form-genus)という用語は廃棄され、新たに形態分類群(morphotaxon)が導入された。変更は次のようなものである。
・形態属(form-genus)を定義した東京規約3.3条は削除する。
・3.4条は次のように変更された: 多型的菌類の場合と同様に、本命名規約の規程は化石における形態分類群(morphotaxa)の発表と使用を認める(authorize)。 付記1 本命名規約において形態分類群はその形態、構造、生活環における段階もしくは保存状態に基づいた化石分類群として定義される。
・化石分類群は命名法上の目的からは形態分類群として扱われてよいこと、形態分類群の名は異なるカテゴリー間では競合しないこと、が認められた。
・11.7条は「藻類」が「珪藻類」にあらためられ、次のように変更された:(珪藻類を除く)化石でないタイプに基づく植物分類群の学名は化石(または半化石)のタイプに基づく同じランクの学名に対し優先権を持つ。

電子出版
 電子出版がかなり普通のものとなりつつある現在、電子出版による新学名の発表を認めるかどうかという大きな問題がある。今回可決された、電子出版に関する特別委員会の提案では、有効発表とはみなされない発表手段として29.1条に「オンラインによる出版もしくは配布可能な電子メディアをばらまくこと」を加えることによって、有効発表とは見なさないことになった。
 また、全体委員会が特定の電子ジャーナルを新学名などの有効発表の媒体として指定することを認める、という提案は、予備的郵便投票で89%もの反対により否決された。
 しかし、同時に電子出版とデータベース化に関する特別委員会を再度組織することも賛成多数で可決された。現在はまだ時期尚早であるけれども、その可能性は認めておこうということであろう。

正字法
 面倒な正字法に関する60条の変更案は勧告の変更案を除いても38件におよんだ。横浜では一件一件長々とした議論が戦わされたが、今回は「この件に関してはこれ以上の議論は必要ないだろう。提案された改正案が好ましいかどうかを直ちに問えばよいのではないか。」という意見が出され、賛同されてすぐに採決となった。結果はすべて否決である。予備的郵便投票でもすべて評判が悪い。それにしてもこの結果ではなんのために正字法に関する特別委員会を組織したのかわからなくなる。委員長のZijlstra氏(オランダ)が愚痴をいうのもわからないでもない。

タイプ指定等に関する提案
 タイプをめぐるさまざまな事柄についてかなり規約の変更がなされた。それぞれなかなか細かいので大雑把に紹介する。詳細は正式な記録および新しい命名規約を参照していただきたい。
 一つの標本とみなしてよいのはどのような場合かについて、より明確な定義が試みられた。レクトタイプの指定について、優先すべき原資料等に関してより明確な規定が追及された。また明確な定めのなかったエピタイプについてもその有効範囲が明確に規定された。生きている標本をタイプとして指定してよい場合も定められた。
 次の事柄も可決されたので注意が必要である。
 最初の発表でタイプの指定がない学名について、2001年1月1日以降は、here designatedもしくはそれにあたる文言がないかぎりそのタイプ指定は達成されない。
 2001年1月1日以降は次のことを満たさないかぎり、種もしくは種内分類群の学名のレクトタイプ指定またはネオタイプ指定は有効とはならない。
・lectotypusまたはneotypus、その省略形、また相当する現代語による指示があること。
・タイプ指定の際にhere designatedもしくはそれにあたる文言があること。

ラテン記載文
 新分類群の正式発表の要件としてのラテン記載文またはラテン判別文を英語のみにする、という提案は予備的郵便投票において95%の圧倒的な反対をもって否決された。

その他
 可決したらずいぶんと影響があったと思われる提案に、「種小名はすべて小文字で書き表す」というものがあった。議論の末、カードによる投票となり、結果は賛成59.9%。わずか0.1%の差で否決された。
 同様に大きな影響があったと思われる提案に集合種(aggregate species)という概念の導入がある。セイヨウタンポポ Taraxacum officinale のようにたくさんの「種」の集合体としてその名前が広く用いられている種名の場合、見解の相違による混乱を避けるため、広い意味での「種」の場合のみに使える学名として指定してしまおうということである。つまり種を細かくとった場合には、使うことができない学名(廃棄名)として保存名と廃棄名を扱う付則IVにリストしようというもの。筆者にとっては意外なことにかなりの賛成があったが、カード投票で賛成58.7%とわずかに及ばず、否決された。
 これまた僅差で決したのが、同時に出版された同名の場合の問題。同じ著作中に発表されたタイプを異にする同名の場合、どちらかに新名を与えることになる。このとき消されたほうの学名は別の属に移されたときも非合法か、それとも合法としてよいか、という問題である。会場で問題提起された。合法か非合法かの二者択一で争われ、カード投票の結果、合法50.4%で合法としてよい、という結果になった。どちらでもよいが、決まらないと学名が定まらないという例である。
 次の提案は、基礎異名の曖昧な間接引用に関するものである。おそらく同一の分類群のことを指しており、形容語も同じものが使われているが、しかし基礎異名の引用が著者の引用も含めてなにもない、という場合、これを新組合せの正式発表としてみなせるかどうかはけっこう厄介な問題である。古い文献では基礎異名の引用がはっきりしていないことが多いのである。今回採用された条文は33.2条の後ろに次の文言を付け加える。「基礎異名の引用がないが、それ以前に近縁な分類学上の位置で正式発表された学名の形容語が、同一の分類群を意図して新組合せとして適用されたと思われる場合は、もしそうでなければ新分類群の学名として正式発表されたことになる場合に限って、その組合せは正式発表されたものと扱ってよい。」日本の例だと、古い文献で同じ和名が示されているので同一の植物を意図しているのに間違いないが、種形容語はそのままで属名だけが違っており、著者の引用も文献の引用もない場合というのがこれにあたるであろう。組み替えられたと判断しなければ新分類群がここで記載されることになる場合に限定されているのは当然であると思う。実は似たような提案は前回(横浜)も前々回(ベルリン)も提案されていたのだが、この限定条件をつけてようやく採用されることになったのである。
 もめたのが意外だったのが学位論文を有効発表と見なすかという問題。筆者などは(定期刊行物に発表されない)学位論文での学名発表などやめてほしいと思うのだが、有効と見なしてよいと思う人が結構多かった。もともと「2000年1月1日以降はISBN(国際標準書籍番号 International Standard Book Number)がないものは認めない」という提案だったが、「2001年からにしよう」、「いやISBNは適当でない、著者もしくは出版者が学名の発表を意図しているという言明を基準にしたほうがよい」などといったさまざまな修正案が提出され議論沸騰した後、結局否決され、学位論文も有効な発表の媒体として一応(けして積極的にではないと思う)認められることになった。

 7月29日(木)午後からは国際植物学連合(IAPT)の総会が開かれ、今年の選挙の結果決定した新しい役員が次のように紹介された(敬称略)。会長 G.T. Prance(イギリス)、 副会長 P. Baas(オランダ)、 庶務・会計役 T.F. Stuessy(オーストリア)、 管財人 P.F. Stevens(アメリカ)、 評議員は10名 T. Ahti(フィンランド)、E. Forero(コロンビア)、W. Greuter(ドイツ)、P. Holmgren(アメリカ)、D.J. Mabberley(オーストラリア)、J. McNeill(カナダ)、C.-I. Peng(台湾)、J. Rzedowski(メキシコ)、W.L. Wagner(アメリカ)、J. West(オーストラリア)。日本からノミネートされていた加藤雅啓氏は残念ながら落選。アジアからは台湾のPeng Ching-I氏が唯一選ばれた。
 個別の改正案についての審議を終えた7月30日(金)には、次の国際植物学会議へむけて報告担当委員長と常設委員会の各委員を決める提案が行われ、2006年の規約に対して責任のある報告担当委員長にカナダのJ. McNeill氏が決まった。日本人では25人からなる全体委員会のメンバーの一人として岩槻邦男氏が選出されている。また、各分類群別委員会(種子植物[15人]、シダ植物[10人]、コケ植物[12人]、藻類[15人]、菌類[15人]、植物化石[15人])では、日本人では種子植物委員会(15人)に大橋広好氏、藻類委員会(15人)に増田道夫氏がそれぞれ選出されたのみである。

 以上、今回の命名法部会の結果について報告した。あくまでも一参加者による速報であり、正確な記録はEngleraに発表される正式な報告および新しい命名規約(セントルイス規約)を待っていただきたい。文字として残った部分についてはなんとかなぞることができるが、筆者の英語力では会議場での議論の応酬にとてもついていけるものではない。今回コンピュータの利用により修正案がすぐさまスクリーンに示されたのは実にありがたかった。
 残念に思ったのは、本会議には多くの日本人が出席していたにも関わらず、命名法部会への参加者がきわめて少なかったことである。最初から最後まで出席した日本人は2名のみ。1日だけでも参加した日本人は全部で7名にすぎない。日本人参加者によって行使された機関票は京都大学(KYO)の2票だけだと思われる。次回ウィーンではより多くの人に参加してほしいものである。

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