地衣類の用語解説 -地衣類と,それを構成する菌と藻-
原田 浩 (千葉県立中央博物館)
地衣類の和名には,ウメノキゴケやハナゴケのように語尾に“−ゴケ”のつく種類が多いことからも判るように,世間一般では“コケ”と呼ばれている生物の一部である。その地衣類が「菌類と藻類の共生体」であり,同じくコケと呼ばれる蘚苔植物(コケ植物)とは系統的には全く異なるものであることは,生物学者の間では広く受け入れられているのではないだろうか。この定義には多少とも問題はあるものの,その議論は別の機会に譲ることにして,ここでは,地衣類とその共生生物を指す用語について簡単に紹介したい。
lichen(s)ライケン(ズ):地衣類を意味する一般的な英単語。共生体を意味することも,菌のみを指すこともある。
Lichenesリケネス:地衣植物とほぼ同義。地衣類を分類群と認めた場合に用いる学名。かつて広く用いられた。
lichenize。 fungi:直訳すると,地衣化した菌。地衣菌と呼ぶこともあるが,ほぼ地衣類と同義的にも使われる。厳密には,地衣類が,菌類のなかでも藻類との共生という独特な生活様式を獲得した(つまり地衣化(lichenization)した),生物学的(あるいは生態学的に)に定義される一群であり,分類群ではないとする立場をとる場合に,菌を指すのに用いる。lichen-forming fungiというのも同様の語。いずれの場合にも,地衣類を構成する菌と藻について,菌が主で,藻が従という関係を認めるもの。菌が子嚢菌類の場合にはlichenize。 ascomycete,担子菌ではlichenize。 basi。iomycete,不完全菌ではlichenize。 。euteromyceteということもできる。
lichenicolous fungi:地衣生菌。地衣類の体の内部や表面に生育する菌類で,地衣体を構成する主体の菌とは異なる。寄生・腐生・パラシンビオント(parasymbiont;一般的には前者と異なり,地衣類の体にはっきりとしたダメージを示さないもの。もともとは宿主の共生藻だった藻と,共生関係を結ぶものもあるのではないかとされる)などを含む。これらは地衣類として扱われることはないが,中には地衣菌のあるものと系統的に関係が深いものがあるとされる。
mycobiontミコビオント:共生菌。地衣類の体を構成する菌類。特に共生現象に着目したときに使用されることが多い。
phycobiontフィコビオント:共生藻。地衣類の体を構成する藻類。地衣類の共生藻は,緑藻ないしラン藻とされ,かつては両者を指した。しかし,ラン藻については,藻類でないとの考えが定着するに従い,phycobiontではなくcyanobiontとすることが多くなった。この説に従えば,緑藻の場合のみphycobiontと呼ぶことになる。
cyanobiontシアノビオント:地衣類の体を構成するシアノバクテリア。
photobiontフォトビオント:地衣類の体を構成する光合成生物,つまり緑藻ないしシアノバクテリア。
ここに示した英語(あるいは学名)の後に示したカタカナ(特にmycobiontミコビオント以下)は,正確な発音を示すものではなく,日本で術語的に使用されているものである。