地衣類の用語解説 その2 -地衣類の仲間分けに関する呼称-

原田 浩 (千葉県立中央博物館)

 

 それがどんな地衣類であるかを区別するために,○○地衣あるいは×× lichensとする呼び方は,何通りかある。その幾つかについて,以下に簡単な解説を示させていただく。これらは必ずしも地衣学独自の特殊な術語あるいは用法というわけではないが,一通りまとめておくことで,地衣学の文献を読むときの参考になるものと期待する。

 

1.菌と藻の種類による仲間分け

 ascolichens : 子嚢地衣。子嚢菌を共生菌とする地衣類。地衣類は世界で1万5千種とも2万種ともいわれるが,そのほとんどが子嚢地衣。lichenized ascomycetes(地衣化した子嚢菌の意味)という英語表現が最近では多くなった。子嚢菌の特徴である子嚢(および子嚢胞子)を生産する器官を子嚢果 (ascoma, ascomata) というが,地衣類では子器 (fruit bodies)と呼ばれる。

 basidiolichens : 担子地衣。担子菌を共生菌とする地衣類。地衣類の中では例外的な存在。国内では,ケットゴケDictoynema sericeumやアオウロコゴケOmphalina hudsonianaなどが知られる。

 imperfect lichens : 不完全地衣。不完全菌を共生菌とする地衣類。地衣類の中では少数を占めるに過ぎない。いわゆるレプラゴケ Lepraria の仲間が代表的。地衣類以外の菌類では完全世代(子嚢菌なら子嚢胞子を作る世代)が確認できなければ不完全菌とされるが,地衣類の場合は多少異なり,以下の通りとなる。ウメノキゴケの仲間など大型地衣には,粉芽など栄養繁殖器官による繁殖に依存していると思われる種が多数あるが,なかには子器(子嚢果にあたる)が知られてない種が少なからずある。子器は子嚢菌の完全世代にあたるので,これがないということは,定義からすると不完全菌類ということになる。しかし,地衣類の場合には地衣体などの特徴から判断して子嚢地衣と類縁関係が明らかであれば,子嚢菌(子嚢地衣)として扱うことができる。

 cyanolichens : シアノバクテリア(ラン藻)を主な共生藻とする地衣類。これに対し,緑藻を共生藻とする地衣類に対する呼称はとくにない。キゴケ属やカブトゴケ属の多くの種では,主な共生藻として緑藻を,第2の共生藻としてラン藻をパートナーとするが,シアノライケンとは呼ぶことはない。

2.生育形による仲間分け

地衣類の形は極めて多様で,その外形により3つの主要な生育形(growth forms)に分けることが便利で,地衣学では多用されている。

 fruticose lichens : 樹状地衣(樹枝状地衣とも呼ばれる)。体の基本的な造りは円筒形,よく分枝するものでは,形が樹木に似る。なかでもナガサルオガセのように木の枝などから垂れ下がるものは,懸垂性(pendulous) と称される。

 foliose lichens : 葉状地衣。葉のように偏平な体をしている。通常は裏面(腹面)にも皮層を持ち,偽根(短い根のようなもの)により基物に張り付く。小形の種類は鱗片状 (squamulose) 地衣と呼ばれる。

 crustose lichens : 痂状(かじょう)地衣(固着地衣とも呼ばれる)。前2者に比べ形態的に未分化で,髄層の菌糸などにより,基物に密着する。このため基物からきれいに剥がすことは困難で,基物ごと採集することになる。microlichens (小型地衣)と呼ばれ,樹状地衣と葉状地衣の総称であるmacrolichens(大型地衣)と対比されることがある。

3.生育場所などによる仲間分け

 saxicolous : 岩上生。岩に生えるもの。より詳しく見ると,地衣体のほとんどが岩石の表面にとどまるものはepilithic(saxicolousと区別するために,岩石上生とでも呼ぶべきか),地衣体がほとんど岩石内(特に石灰岩の場合など)に入り込んでしまうものはendolithic(岩石内生)である。

 corticolous : 樹皮着生。樹幹や枝に生えるもの。痂状地衣のほとんどは地衣体が樹皮の表面にとどまるepiphloeodal(樹皮上生)であるが,一部には,樹皮の内部に入り込んでしまうendophloeodal(樹皮内生)の種類がある。後者は,サネゴケ科などに見られる。

 terricolous : 地上生。土上に生育するもの。ハナゴケ科やツメゴケ属が代表的。

 foliicolous : 生葉上生。樹木やシダなどの生きた葉の表面に生育するもの。そのような種類を生葉上地衣という(葉上地衣と呼ばれることが多いが,葉状地衣と発音上区別できないので,お勧めできない)。国内でも,青森県以南に広く見られ,沢沿いなど空中湿度が常に高い場所に限られる。ほとんど例外なく,葉の上面に生える。多くは,葉のクチクラの表面に張りついている(epicuticular)が,アオバゴケ Strigula elegans などではクチクラの下に地衣体が入り込む(subcuticular)。

 freshwater (lichens) : 淡水生。河畔などで半ば水没するような場所に生育するもの。日本では,河川の上流に多い。特に,アナイボゴケ科が代表的。

 maritime (lichens) : 海岸生。marine (lichens) とすることもある。潮間帯付近に生育するもの。アナイボゴケ属 Verrucaria と Pyrenocollema が代表的。

 aquatic (lichens) : 水生。淡水生と海岸生の総称。