天然記念物の採集許可申請

 原 眞麻子(東京都教育庁生涯学習部文化課文化財保護係)

 

 自然保護や保全が大きく取り上げられている昨今ですが,そのために必要な,あるいは手段となりうる法律に関する情報はなかなか正しく伝わっていないように思えます.ここでは,採集許可ということに絡めて天然記念物の保護について紹介したいと思います.

 

1.天然記念物について

 天然記念物とは,「学術上貴重で,わが国の自然を記念するもの」(天然記念物指定基準)であり,文化財保護法に基づいて文部大臣によって指定されたものです.その保護のために,天然記念物の現状を悪化させるような行為を排除するために行為規制がかけられています.すなわち,文化財保護法(第80条)において,「その現状を変更し,又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,文化庁長官の許可を受けなければならない.」と定められています.ここでいう「現状変更」とは,一般に採集,樹木の伐採等の行為や道路の舗装工事,水路の改修,門,生垣,塀,電柱の工事,年中行事等に関する仮設物の行為までも含まれていると解釈されています(文部省告示s.39.6.27).ですから,学術調査目的であったとしても,採集を行うには許可が必要ですし,また,湿原などの天然記念物の場合には,調査等のための立ち入り自体が指定対象に対して悪影響を与える行為であると解釈され,現状変更の手続きが必要です.

 また,天然記念物には,国指定の他に都道府県,市町村で指定してあるものもあり,それぞれの条例で同様の現状変更規制が加えられています.無許可行為にはもちろん罰則があります.また,直接天然記念物に指定されたものでなくても,史跡や名勝指定区域でも植物の伐採や採集は制限される場合がほとんどですから,まずは下記に紹介する担当窓口に相談してください.

2.現状変更手続きについて

(1)問い合わせ先
 天然記念物は,地元都道府県や指定都市の教育委員会の文化財所管課が窓口となっています.教育委員会に電話して,天然記念物の担当を呼び出してもらえばいいでしょう.国指定の場合は,採集許可の判断は国(文化庁)でしますが,申請書の提出先は地元教育委員会の窓口です.地元教育委員会は,申請内容を審査するとともに地元自治体や地域住民の意見を調整し,国へ副申(意見を付け加えて進達すること)します.

 地方自治体指定のものも手続きは似たり寄ったりですので,ここでは,国指定を例にその概要を説明していきます.

(2)許可申請に必要なもの

 申請書の記載内容は法律で定められています(特別史跡名勝天然記念物又は史跡名勝天然記念物の管理に関する届出書等に関する規則s.26.3.8).様式例は図1のとおりです.採集の申請にあたっては,調査の目的,方法,採集個体数,採集後の標本の取り扱いなどが審査のポイントになります.特に,その地域で調査を行う必要性や調査方法の妥当性について,明確に説明する必要があります.

 また,時には他の申請者と重なることがあります.その場合,調査時期や調査方法など互いに調整が必要となることもあります.あらかじめ,担当窓口によく相談し申請書を作成してください.書類は,地元教育委員会を経由して文化庁に提出されることになりますので,時間的余裕を十分もって申請して下さい.文化庁の場合は,申請後1〜2ヶ月程度で許可はおりることになっています.

 さらに,調査終了後は終了報告が必要です.終了の報告には,その結果を示す写真や見取図を添えて提出してください.これらの情報は文化庁だけでなく,地元にも記録,保存されていきます.これらの記録の積み重ねが,しいてはその天然記念物の保護につながっていきます.学術調査の場合は,ぜひその論文も送ってください.

(3)国立公園の採集許可等との関係

 種の保存法による採集許可,あるいは自然公園法の採集許可があれば,天然記念物の現状変更許可は省略できるか.答えは「NO」です.

 同一のものが,複数の法律に基づく保護対象となっている場合には,それぞれの法律に則った許可手続きを必要とします.ですから,環境庁と文化庁(それに,国有林の場合には林野庁)の許可手続きを並行して進める必要があります.

 

3.おわりに

天然記念物の内容は大変多様です.同じ行為であっても,天然記念物に与える影響はそれぞれの天然記念物の特性によって異なってくるでしょう.現状変更の許可の判断は,指定理由に照らして,保護,保全の主旨に合致しているかどうか,その行為の影響はどの程度かといったことがポイントになってきます.例えば,原生林としての価値で指定されていれば,手を加えることは極力制限されるでしょうが,社寺林などの二次林で指定されていれば,逆に定期的な伐採,植樹などが必要になりますし,祭りなどによる活用も許可されることは当然です.

 いずれにせよ,許可申請に対しては,その行為が必要な理由と影響を最小限に抑えた規模か,手法かなど,かなり綿密に審査されます.採集対象が天然記念物に指定されている場合,国立公園の採集許可とは別に許可が必要であることは忘れないでください.

 

 こうしてみますと,何やらとても面倒臭い手続きに思え,許可が得にくいように感じるかもしれません.しかし,保全保護のためにも必要な学術調査,やむを得ない採集はあるはずで,そういった行為に対する許可はそうむずかしいものではありません.天然記念物の価値や特性を明らかにする研究は,天然記念物の保護を進める上でも有益なはずです.学術的な知見も得られ,天然記念物の保全にも役立つような研究がどんどん行われることは望ましいことです.適正な手続きに則って優れた研究がどんどん行われ,その成果をもとに優れた自然の一層の保全が図られることを期待します.